野山紀行(野を歩き・山を登る)  京 都 南 部 の 山  京 都 府

     史跡恭仁京跡   (山城国分寺跡)  ・海住山寺 

      し  せき    く   に  きょう あと                        かい じゅう せん  じ

          〓 路 順 〓      JR大和路線加茂駅〜恭仁京(宮)跡〜海住山寺〜JR大和路線加茂駅

              恭仁京(宮)跡・海住山寺/京都南部 平成22年09月04日     晴れ 


加茂駅西口から商店街を北方面へ木津川に出合い右へ川沿いに恭仁大橋を渡ってからは道標もしっかりして居て迷う事は無い 

   恭仁京(宮)跡(くにきょう) 奈良時代に平城京から難波京に遷都して廃都なるわずか3〜4年の期間 都が恭仁京とされました。
            その後 宮域は大極殿を中心に、山城国分寺として再利用された。今は田園風景の中に残すだけだが往時をしのばせる。

   海住山寺(かいじゅうせんじ) 名は鎌倉時代に寺を再興した解脱上人貞慶が廃跡に草庵を作り 補陀洛山(ふだらくさん)海住山寺と名付け
            た。恭仁京にあったが瓶原を見下ろす三上山(海住山)中腹に位置する。本尊の十一面観音は重要文化財。五重塔は国宝


01 JR大和路線加茂駅 02 木津川
    遠方)恭仁大橋
03 木津川
      恭仁大橋
04 恭仁大橋
     渡ると道標
05 バス停を過ぎ
     建材店左へ

06 直ぐに石標・文化はし
T路左へ 帰路は右から来る
07 公民館を右へ 08 恭仁歩道橋を横断 09 恭仁小学校 T路
       右へ
10 前方)
   史跡山城国分寺跡

11 史跡山城国分寺跡 12 史跡山城国分寺寺跡
      説明板
13 史跡山城国分寺跡 14 石碑
  ・史跡山城国分寺跡
15 史跡恭仁宮・大極殿跡
  (山城国分寺・金堂跡)

16 石碑・史跡恭仁宮
・大極殿跡(山城国分寺・金堂跡)
17 史跡恭仁宮・大極殿跡
  (山城国分寺・金堂跡)
18 史跡恭仁宮・大極殿跡
      恭仁宮趾
19 倒れた石碑)
  史跡恭仁宮・大極殿跡
20 史跡恭仁宮・大極殿跡
  (山城国分寺・金堂跡)

21 海住山寺方面へ T路
    左・加茂神社へ
22 海住山寺方面
     加茂神社へ
23 加茂神社 24 海住山寺へ 25 建物・広場に出会う

26 道標)広場前 27 参道に出会う 28 参道(裏)取付口 29 海住山寺五重塔・裏に出る 30 海住山寺本堂

31 海住山寺
      五重塔
32 海住山寺本堂・裏
      展望所
33 海住山寺
      本堂 境内
34 海住山寺 境内
   鎌倉時代の岩風呂
35 海住山寺 山門・後方
     境内・本堂

36 海住山寺
        山門
37 分岐点)
三上山・加茂神社・裏参道
38 前方)変形十路
       直進
39 直ぐ
   国道163号・くぐる
40 後方 戻る・文化はし T路
左・往路 右から来た 加茂駅へ

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